2014年8月16日〜31日
8月16日  ロビン〔調教ゲーム〕

 ホテルにつくと、ケイはプロの添乗員みたいに言った。

「これがここのホテルの名刺。迷子になったらタクシーにこれを見せて。日本は治安はいいけど、泥棒がいないわけじゃない。尻ポケットに財布を入れるのはやめてくれ」

 みんなに名刺と財布を渡した。

「とりあえず、今日の分。足りなくなったら言って。わかるね。これが一万円。女の絵が五千円。小さい札が千円……」

「あの」

 キースが口をはさんだ。

「アルがいないんだけど」


8月17日 ロビン〔調教ゲーム〕

 アルはロビーで日本人のおばあちゃんと話し込んでいた。
 ケイは「失礼」と微笑み、彼を連れ戻してきた。

「きみには鈴をつけておいたほうがいいかな」

「彼女、フランスで暮らしてて、旦那さんと出会ったんだって。で、旦那がイタリア女と浮気して、離婚して、孫が日本にきてて」

「この短時間に何そんなにゴシップしいれてたんだよ!」

 とにかく、とケイは言った。

「迷子が一番怖いので、かならず最低限バディで行動してくれ。携帯をフィルに預けておくから何かあったらすぐ連絡」


8月18日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれはキースと部屋に入った。荷物を放り出し、ベッドにダイブ。

「トーキョー!」

 キースは窓から町をみて唸っている。

「ここって未来みたいだ」

「ラーメン食べられるかな」

 おれは清潔なシーツに手を伸ばした。なんて快適なんだ。

「ラーメンもスシもあるぜ」

「アンパンもウマイボウも!」

「ここシブヤ近いのかな? 早く町に出たいよ。今日、予定どうなってんだ? ハラジュクとかシンジュクとかも――」

 いい気分だった。キースの声の楽しげなおしゃべりをききながら、おれは幸せに寝こけていた。


8月19日 ロビン〔調教ゲーム〕

 夕食はスシだった。
 クールなスシバーで、目の前でスシ職人が握ってくれるのだ。

 おれたちは騒いだ。スシレーンがない。回っていない! もぐりの店か。

「ここはもっとお高いんです!」

 ケイはおれたちの失礼を叱り、ひとりいそがしく注文を職人に通訳した。
 さらにケイは言った。

「ボスからの注意事項がひとつある。酒は一日グラス一杯まで」

 おれたちは色めきたった。酒が飲めるのだ。エリックが叫んだ。

「じゃ、日本酒!」

「エリック、おれならこのあとの楽しみにとっておくよ」


7月20日 ロビン〔調教ゲーム〕

 しかし、エリックとキースは酒を頼んでしまった。となりの客の酒がうまそうだったのだ。
 寿司を食べて、日本酒を飲み、エリックは幸せそうに唸った。

「マーベラス!」

 寿司は素晴しい。魚が舌の上でとろけて消えるみたいだ。だが、酒がうらやましすぎる。
 おれはケイに聞いた。

「これ、シェアしちゃダメなのか。ランダムは飲まないから」

「胃袋もシェアするのか。ノー。ボスはきみらを急性アルコール中毒にしたくないんだ」

 あとにしたほうがいいって、と彼は片目をつぶって見せた。



8月21日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちは寿司に感動した。

「このイカ」

 アルは涙ぐまんばかりに唸っていた。

「なんてクリーミーなんだ。わたしが今まで食べたイカはなんだったのか。消しゴム?」

 ランダムも気に入ったようだ。彼は箸が使えないので、ミハイルとエリックが口に入れてやった。しあわせそうにもぐもぐやって、自分の皿の分がなくなっても口をあけてねだっていた。

「食べすぎるなよ」

 ケイは注意した。

「このあと、ちょっと移動してイベントがあるぞ」


8月22日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちは地下鉄に乗った。
 ラッシュアワーなのかおどろくほど大勢のビジネスマンが駅にあふれている。

「ランダムつかまえといて」

 フィルがミハイルに言う。ミハイルはランダムの手はつかんでいたが、

「そっちはアルを」

 アルはいつのまにか売店のおばさんと身振り手振りで話し込んでいる。あわててケイがそれを呼び戻す。
 キースがぼそっという。

「エリックがいない」

 エリックはとみれば、勝手に電車に乗り込むところだった。ケイがわめいた。

「バディで行動しろって言ったろうが!」


8月23日 ロビン〔調教ゲーム〕

「おまえら、いいかげんにしないと手錠かけるぞ」

 蒸し暑い屋上のレストランで、ケイははや疲れていた。
 だが、浮かれたおれたちはこたえない。どっちが刑事でどっちが犯人に見えるかとからかいあった。

 そこにすばらしいものがやってきた。泡をふいたビールのジョッキだ。さらに鳥のバーベキュー、ヤキトリがやってきた。

「はじまった」

 ドンと轟音が鳴った。続いて夜空に大輪の花火がひらいた。

「乾杯!」

 おれたちは歓声をあげた。さっき飲んだキースとエリックだけが悲鳴をあげた。


8月24日 ロビン〔調教ゲーム〕

 翌朝、おれたちはスーツケースひきずって、ひとの多い東京駅を走っていた。

「二度寝とかありえない!」

 ケイがわめいている。

「なんで支度が済んだら、ベッドに寝転ぶんだ」

 二度寝犯はおれとキースだ。ふたりとも昨日、興奮しすぎて寝るのが遅かった。おれはわめき返した。

「新幹線だってきっと遅れてるよ」

「始発だ!」

 ケイは怒鳴った。

「全員、絶対はぐれるなよ! 新幹線は絶対に待たないからな!」

 キースが言った。

「フィルがいない」

「うおおおおお!!!」

 ケイが怒号をあげた。


8月25日 ロビン〔調教ゲーム〕

「これが目に入ったものだから」

 車内で、フィルはニコニコと箱からデジカメを取り出した。おれたちはどよめいた。

「いいのか、写真!」

「いいさ。ここは日本だ」

「持って帰れるのかな」

「ダメならご主人様に渡そう」

 フィルは動き出す車窓の風景を撮った。
 窓際のおれとランダムを撮った。ミハイルとケイ。エリックとキース。車内販売の女の子と話し込むアルを撮った。

 ケイがカメラを受け取って言った。

「じゃ、全員あつまって。おのぼりIN新幹線!」


8月26日 ロビン〔調教ゲーム〕

「よくチケットとれたね」

 フィルがケイに言った。

「オンシーズンだろ」

「ボスの予定はわかっていたからね」

 ケイは苦笑した。

「この席はひと月前から取ってあった。京都と東京のホテルも。あとは昨日だよ」

「おれたちには内緒だった」

「抵抗したんだよ。やっぱりアフリカに行きたかったらしくて」

「ご主人様はいま何をしているんだ?」

「――いろいろ」

「いろいろ。きみはいいの? 秘書だろ」

 おれはフィルを見た。ちょっと言葉に冷たい手触りを感じた。

「大丈夫。必要な手配はもうしてあるよ」


8月27日 ロビン〔調教ゲーム〕

 箱に入った美しいベントーを食べ、富士山の案内をした後、ケイは窓際に寄りかかって居眠りした。

 それを見届け、おれたちはこっそり車両を出て、アルが買ったビールの缶を開けた。
 冷たくほろにがいビールのうまいこと。

「一日一杯なんて無理」

「日本人は酒が弱いからわからないんだよ」

 フィルは、ランダムには飲ませるな、と言ったが、自分はちゃっかり飲んだ。1ダースあった300ミリ缶があっというまになくなった。

「足りんな」

 ミハイルがものほしげにアルを見た。

「御意」


8月28日  ロビン〔調教ゲーム〕

 京都についた時、ケイはまだぷんぷん怒っていた。

「修学旅行かよ! なんで禁止なのか考えてくれよ」

 エリックが笑ってその肩を叩く。

「要はおれたちが倒れなきゃいいわけだろ。大丈夫」

「酒臭い」

「――」

「寺社山門にこんな酒臭い連中を引き連れていけるか。予定変更」

「どこへ」

「大阪」

「おお!」

「の空港。グッバイ、ボーイズ」

「ええ!」

 まあまあ、とアルが割って入った。

「もうしない。約束するから許して」

 ケイは憮然としつつ謝罪を受け入れた。アルは缶ビールを出し、

「じゃ、仲直りの乾杯を」


8月29日  ロビン〔調教ゲーム〕

 酒気帯びでは神聖な場所に入れないということで、急遽、予定変更。

「リクエスト、水戸黄門のルートな」

 ケイが連れてきたところは、ウズマサ。なんと、時代劇の撮影場所だ。

「おー! 水戸黄門の町だー!」

「サムライがいるー!」

「撮ってくれ!」

 おれたちは興奮して町を駆け巡った。

「ロビン!」

 道行くゴージャスなサムライを差し、エリックが叫んだ。

「あいつ、白人だぞ」

 彼はすぐにその男に話しかけ、戻ってきた。

「サムライになれる衣装屋があるらしい! ケイ! ケーイ!」


8月30日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちは江戸の民に変身した。最高! おれはショーグンになった! 
 ケイがゲラゲラ笑いながら見ていた。

「暴れん坊将軍だな」

 アルは忍者。エリックとミハイルも袖に三角模様がついたキモノを着てご満悦だ。

「新撰組、警備隊みたいなものだ」

 フィルのは黒いシックなやつだ。

「同心ね。警察」

 キースは

「坂本竜馬。革命家」

 そして、われらがランダム。彼はファンタジスタだ。

「ご存知、水戸黄門!」

 ランダムはよくわからないながらも、あえぐように笑っていた。
 ミハイルが言った。

「ケイもやれよ」


8月31日 ロビン〔調教ゲーム〕

 衣装をつけたおれたちは江戸の町のスターだった。

 道行く人々が笑って見ている。外国人観光客は遠慮なく写真を撮る。
 おれたちも調子にのって、ポーズをつけた。

 ニンジャ・アルと革命家(竜馬)キースの決闘。ショーグンと新撰組の戦い。茶店のランダムご隠居様。

「のりすぎ。進みやしねえ」

 町娘姿のケイがぼやく。実際、おれたちはここで暮らしたいほどはしゃいでいた。
 同心フィルが提案した。

「サムライ諸君。肝も強いか見てやろう。あれで」

 エリックの顔から笑いが引いた。


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